シンギュラリティは政治によって潰えた。人類は23世紀に至っても野生動物の在り様から何ら進歩する事が無く、地球圏に閉塞し、限りあるリソースを奪い合う不毛な歴史を営々と紡いでいた。
かつて行われたヒト脳を先天的に拡張させ意識をクラウド化するポストヒューマン社会への挑戦は、権力が行使する実際的な暴力の前に屈し、フラグメント制度という電脳奴隷制の礎となる。この時代に置いてサイバネティクスとは、個を補完や強化するためではなく、集合体を成す素子として人を加工する手段となっていたのであった。
労働階級の市民は先天的な脳改造により、自身より上位のクリアランスを有する者へその身をなげうつことを最大の幸福と感じるよう調整されている。このテクノロジーに基づく奴隷制度は、体制のありようを盤石なものとする一方で、文化の発達、ひいては科学技術の進歩を徹底的に阻害していた。この時代の人間の感性や哲学は、21世紀半ばの時点から根本的な部分で進歩していなかったのである。
サイバネティクスの歴史
傷痍軍人の義肢を起源とするサイバネティクス技術は、常に軍事と隣り合わせの歴史を歩んできた。古くは欠損した身体を補う機器として開発されてきたそれは、技術の進歩とともに身体能力の強化や拡張へと変化していく。アシストからエンハンスドへ、という流れがサイバネティクス黎明期の技術史の概要である。
身体の強化というのは、単純に腕力や耐久力を向上させることばかりを示すわけではない。21世紀初頭のインターネット最盛期では、記憶や人格を外部ストレージに託す研究が行われていた。これは拡張現実や仮想現実とはまた別の方向性のユビキタスに対するアプローチであり、これが後のフラグメントシステムの直接的な原型となった。
やがてフラグメントプロトコルを基盤としたインターネットの再編成がなされ、人体にクライアントや端末機が埋め込まれる技術が普及すると、社会は個の価値が希薄な、電脳による相互補完を前提とした昆虫的共産体制への道を歩み始める。労働者と産業用ロボットの境界は物理的にも社会的にもあやふやとなり、やがて人間という種は、テクノロジーにより恒久的な存在と化した支配層と、工場にて生産され大量に消費されていく有機ロボットへ二極分化していくこととなる。
非サイバネティクス・低サイバネティクス運用
2220年代における先進国の軍隊では、全身を機械化したハードサイボーグが主流となっている。一方、経済的、宗教的理由により全身義体を運用できない組織では、ハードサイボーグに対して様々なアプローチで抵抗を試みている。
日本の自衛軍におけるサイバネ処置は、サイバネインフラ導入の権益や法解釈の擦り合わせと言ったしがらみにより、可逆型の高コストなもののみが採用されている。可逆型サイボーグはその経済的負担の重さから数を揃える事が出来ず、結果として一部のエリートを除いたほとんどの人員は一般民間レベルのパーシャルサイボーグによって構成されている。そういった非ハードサイボーグ人員は、物理的強度のハンデはパワーエクステンダーで、処理能力の欠乏は高機能人工知能で補うことで、戦闘力の水準を維持している。